Downy ダウニー インタビュー

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昔は人を斬るぐらいのつもりでライブしていたので。。。笑

2013年11月、9年に亘る長き沈黙を破りdownyが再び動き始めた。

2000年代初頭から、その完成された世界観と圧倒的な演奏力により、音楽ファンのみならず、名だたるアーティストからもリスペクトを集め、孤高の存在として日本の地下シーンにおけるカリスマ的な人気を誇った彼らの突然の活動休止を残念に思っていたファンは多かっただろう。

また彼らはヒップホップやダブ、クラブミュージックとの共演を行うことで既存の「ロックバンド=ライブハウスでの演奏」という図式も非常に早い段階から積極的に壊しにかかっていた。

皮肉なことかも知れないが、そういった意味で当時最もロックなバンドでもあったと言える。またそのため、彼らを通してクラブミュージックに触れたリスナーも少なくない。

そんな彼らの活動再開は、個人的に2013年最大の出来事の一つでもあり、またどのような作品になるのか、単なるアーティストとしてだけでなく、音楽の未来への指針としても非常に興味を持っていたのだが、そんな期待を裏切るどころか、あっさりと想像の遥か上空を飛び越して聴いたこともない世界観を見せつけられたのは本当に嬉しい誤算だった。

そこから約2年。

今回はBNUならではの海外からの視点でのインタビューに、ボーカルの青木ロビンが快く応じてくれた。これまでの活動を通し、彼らの胸中はどのようなものだったのか、穏やかで、かつ確信に満ちた口調で語ってくれた。

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BNU あなた方の作曲の方法を教えて頂けませんか?あなた方の楽曲は重層的かつ複雑ですが、これは誰か1人の明確なビジョンをもとに形作られるのでしょうか、それとも皆さんでパズルのピースのようにアイデアを組み上げて行くのでしょうか。

曲作りは色々な方法がありますね。デモを作ってメンバーと構築していくパターンもあれば、セッションから曲が生まれる場合もあります。

BNU あなた方の音楽を、海外に住む知り合いの誰に聴かせても皆強い感動を受けています。
ただ、音楽性の高さやオリジナリティに比較して世界での認知度が低すぎると感じられるのですが、それは何故でしょうか?
そもそも海外のレーベルとの契約を追い求めるようなことをしないようにしていたのでしょうか。それとも言語の壁などにより、海外をあまり視野に入れてこなかったのでしょうか?教えてください。

なんなんでしょうね? 教えて欲しいです。笑

休止前は映像を使ったライブを実現するのにプロジェクターを持参していく等のデメリットもあり積極的に海外での活動というのはなかったのですが、活動再開後は海外を視野に入れていますし是非ライブを行いたいと思っています。レーベルを通してアプローチしてもらっているのですが。。。

ライブの話も何故か途中で頓挫するんですよね。笑

機会があれば海外には積極的に出たいとは思っています。

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BNU バンドとして、ライブでの演奏とレコーディングとで、どちらの方が刺激的だと感じますか?
また、それは何故ですか?

個人的にはレコーディングの方が好きです。やはり創作に対するエネルギーは他には替え用がないもので、良い曲が出来た時の喜びは計り知れないです。

とはいえ 最近ではリラックスしてライブに臨んでいるので 単純にライブも楽しいですよ。

昔は人を斬るぐらいのつもりでライブしていたので。。。笑

僕らには音楽しかないという覚悟の音だったのだと思います。

BNU あなた方の音楽は、僕のような海外の人間からすると日本で生きることに対する重圧のようなものを内包しているように感じます。切羽詰まったような感覚や終わりない反復のような。しかしそれと同時に独特な美をも捉えられていますね。とても耳障りで容赦無く責めたてるようでありながらも、とても美しくて優しく包まれるような感覚も共存しています。どのようにしてあなた方はこの表現を確立させたのでしょうか。あなたが音楽と出会ったのはいつでしたか?また、音楽を表現手段として選ぶことにしたのはいつだったのでしょうか。

僕が音楽に触れたのは母の影響で 小さい頃から母が聞くBeatles,Doors,に夢中になりました。

子供の頃は香港に住んでいたのでテレビで割とヨーロッパのMVが流れていていつも観ていました。
その後、沖縄に移り住んだのですが 高校生の頃音楽の話が合う事が少なくて、それならば自分で曲を作ろうと思っていました。

割にジャンルに拘りなく良いものは良いというスタンスでしたが HIPHOP との出会いは曲作りに最も影響があると思います。

2000年にdownyを結成したのですが、それ以前にもレコード会社との確執で不遇な時期を経験していたので なんというか、いつもイライラしていましたね。笑

ライブハウス側にもdownyの表現を理解してくれる箱とそうでない箱と大きく分かれましたし、やたらジャンルで縛ろうとする波に疑問がいつもありました。
勿論リスナーには聞いたものを評価する権利があると思いますが明るいか暗いかだけで評価が分かれるという事も当時理解出来ませんでした。

それでも僕らはオリジナリティを求めていましたし、それを表現するためには研ぎ澄ませていくしかないと考えていました。

もし僕らの音に優しさを感じるのであれば、僕たちは 兎に角音楽を愛していましたし。

僕らには音楽しかないという覚悟の音だったのだと思います。

BNU 1stアルバム発売当時、最も新鮮に感じたのは音楽自体だけでなく、あなた方の活動の仕方でした。当時まだライブハウスとクラブの間には大きな隔たりがあり、ロックバンドがクラブでライブを行うことは稀だったように思うのですが、downyは積極的にその壁を取り払おうとしていたように感じられました。最初からその辺りは意識的だったのでしょうか。

当時僕はクラブミュージックに傾倒していたのもありますが 興味が無いバンドと一緒にライブをするよりDJやラッパーとライブをする方が全然刺激的でしたし やはりジャンレスなバンドで居たいと思っていました。

BNU 2ndアルバムが出た頃からライブにお邪魔するようになったのですが、印象的だったのが圧倒的な演奏力と観客をも突き放す絶対零度の世界観によって、拍手すら起きないことでした。ある意味舞踏や舞台演劇にも近い空気感で、真にオリジナルなものとはこういうことかと感じたのですが、一方でまだTwitterなどのオープンなSNSがあまり主流ではなかった時代、観客のリアルな反応が見え辛かったのではないかと思います。そういった観客からの反応は、バンド側からするとどのように感じておられましたか?

当時はちゃんと演奏するという事にしか興味がなかったので 観客の反応は全く気にしていなかった。笑

静まり帰っているときは良いライブが出来たぐらいにしか考えてなかったですね。

BNU 4thアルバムでは、今までの作品のイメージが反射すらないマットな黒や亡霊のように浮かび上がる仄暗い青を基調としていたのに対し、より破壊的でハードコアな、かつジャジーな方向、融点を超えた赤を想起させるイメージへとシフトされました。その当時、僕と同じようにdownyを音楽の未来を示す一つの指針として聴いていた人達は、Radioheadの4th以降、一斉にエレクトロニカ化した日本のロックバンド達の時代の終焉と、”ロックバンド”なる概念が本来のクールさを取り戻す瞬間を聴いた気がして大きな衝撃を受けたように思います。そのように舵を切られたのは何かきっかけがありましたか?

原点回帰して衝動的な作品を作ろうと話していました。毎回レコーディングの際に考えるのは『自分たちの前作を超える』ということでした。

何をどうやっても僕たちの音は必ずdownyになるといった自信もありましたね。

BNU 第5作品集において、あなた方は常人には把握することさえ困難な程の高度な演奏に到達すると同時に、今までのdownyにはなかった人間らしい体温をも作品に封じ込められました。活動休止期間中にも各メンバーが別々のプロジェクトを続けておられたと思いますが、そこからのフィードバックがdownyにも影響を与えているように感じられますか?また、あなたにとって「歌」というものの意味は活動休止前後で変化しましたか?

9年の活動休止を経て、メンバーはそれぞれ音楽とミュージシャンとしてずっと向き合っていて僕は逆に一音楽リスナーに戻っていた訳ですが、再開後の制作のおいて一番大切だったのはメンバー全員が歳を重ねて、その歳を重ねた分の経験が音になるという事でした。

downyにおいて歌はあくまで楽器の一部だと考えていたので無感情であり、伝えたい事というものがありませんでしたが僕にも子供が生まれたり、新しい音楽との関わり方であったりと図らずもそういう経験が滲み出ているのだと思います。

BNU あなたの歌詞には月がテーマとしてよく登場しますね。月にまつわるエピソードがあれば、教えて頂けませんか?

月は良いですよね。仄暗くもあり、人を照らす光でもありでも自身のみでは輝けない儚さがあり好きです。

月にまつわる童話などもよく読みました。中でもヒンズー教のガネーシャと月の話が好きです。(僕の父親はインド人です)

BNU 国内外ジャンルを問わず、今あなたが音楽の未来を感じるミュージシャンはいますか?

Doldrums最高です

BNU あなた方は非常に早い段階からメンバーにVJを加えられていた、ということでも認知されていますが、正式メンバーとしてVJがいるというのは、都度依頼するのと比べてどういった点が違いますか?
バンドのリハーサルや曲作りの段階で柘榴さんも加わられて、音楽と映像のアイデアをインタラクティブに絡めながら進めていたりするのでしょうか。

曲を作る際に映像のイメージも擦りあわせていますね。楽曲のイメージを観客に伝えるには映像が一番だと考えました。

僕が赤いイメージで作った曲を青にされたくないじゃないですか?イメージの矯正というか共有を目指していました。

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BNU 最後に、今だから敢えて伺いたいのですが、downyというバンド名の由来を教えて頂けませんか?

全く意味は無く。ライブをするために結成当時バント名が必要だったので仮につけたものがそのまま。笑

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