水晶の舟 [Suishou No Fune]

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水晶の舟にとって、音楽とは神聖な儀式である。
それは見えざるエネルギーの流れと感情の間を進み、時に胸が締め付けられる程にもろく、また時に虚無的なエクスタシーの嵐のような苛烈さも持ち合わせている。

即興演奏を行う時にも変わらず保ち続けているその音楽に対する誠実な態度によって、彼らの音楽はそのムード、空気感を損なうことなくダイレクトに表現している。
そこに偽りはなく、ただただ解放への切望と、極彩色に彩られた音風景の甘い悲しみばかりが鳴り響いている。

「”水晶の舟”の音楽性は、非常に個人的です。」

ギタリストでありボーカリストである紅ぴらこは、パートナーの影男(ギター/ボーカル)と東京の薄汚れたレンタルスタジオでジャムを開始した時からずっと、2人にとって音楽とはそういうものだったと語る。

「私達は絵筆をギターに変え、音=絵の具を使って、色とイメージを混ざり合わせ、即興で”水晶の舟”の世界観を作り出していきます。」

2002年、2人が水晶の舟として活動を始めてから3年後、ドラマーに磯貝利 彦、ベースに元・裸のラリーズのdronco、高橋ヨーカイを加えた。彼らはそれと同時に音源のリリースを開始した。
初期はライブ音源集、それに続く、非常に評価の高いセルフタイトル盤をリリースした時には既に、あのP.S.F. ー 30年間にわたって日本のサイケデリック/エクスペリメンタルなバンド達を世界に広め続けているカルトレーベル ー の代名詞とも言えるほどの音になっていた。

その後、水晶の舟はある時はデュオで、またある時は様々なゲストメンバーと共にライブを行いながら、「神がいる処(Where the Spirits Are)」(2006, Holy Mountain US)や、「Prayer for Chibi(祈り/ちびへ)」(2008) をはじめとしたいくつものアルバムをリリースしている。
また、同時に彼らは灰野敬二やBardo Pond、Numinous Eye等の様々な素晴らしいアーティスト達と共にライブをしながら世界中を周ってきた。

今回 BNU は、この春にP.S.F.より「星に願いを(When You Wish Upon a Star)」と名付けられた新譜をリリースし、来年にはさらに別の計画も進行中の彼らをキャッチすることに成功した。

半年にわたるやりとりに快く対応してくれた紅ぴらこに敬意を表するとともに、出来る限り多くの、日本の音楽を愛する人々に読んで頂ければと願っている。

学校のラジオ放送で T・REX を聴いて衝撃を受け、いきなりロックに目覚めました。

BNU 初めてギターを手に取るきっかけになったのは何でしたか?また、初めてのギターは何で、どこで買われたか覚えていますか?それと、どんな音楽を聴いて育ちましたか?

初めてギターを手にしたのは13歳でした。私は当時大全盛だった日本のフォークソングに触発されました。独りでオリジナルの楽曲を作って歌う、というスタイルに強く興味を惹かれたのです。

そしてMartinのアコースティックギターを東京・御茶ノ水で買いました。ギターのネックに傷があったため、大幅にディスカウントされていました。中学生の私がアコースティクギターを購入できたことは、ラッキーでした。

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そしてエレキギターの最初の購入は、水晶の舟 を始めた時です。 それは、レスポールタイプCherry Sunburstのエレキギターでした。 私は、近所の西荻窪の古道具屋でそのギターをみつけました。

私が「チェリー」を初めて演奏した頃は、古道具屋でみつけたCherry Sunburstのギターのことを歌っていました。

時間は流れ、私の愛猫の白猫「チィ ミルク」が18才で亡くなります。 その後「チェリー」を演奏し即興的に歌っていくなかで、次第にギターとチィ ミルクが同化されていきました。

今では「チェリー」は、チィ ミルクへの気持ちが強く歌われます。私は幼少の頃からクラシックピアノを習っていたので、クラシック以外の音楽はあまり聴かずに育ちました。

しかし中学1年生の時、学校のラジオ放送でT・REXを聴いて衝撃を受け、いきなりロックに目覚めました。

BNU 水晶の舟での活動を始められた時、その活動だけに専念されていましたか?それとも他の芸術活動も同時に行っていましたか? また、あなたが音楽が最もあなたにとってベストな表現方法だと気付いたのはいつでしたか?

私は、”水晶の舟”で活動を始める頃まで、水彩画を描いたり人形を作っていました。

私にとってその作業は、芸術というよりは実験的なライフワークでした。自分が見た夢の光景やインスピレーション、人間の魂から放つエネルギーといった抽象的な絵を無心に描いていました。

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私は、架空の動物の人形をたくさん作り売っていました。そんな頃に、私は影男と出会いました。彼は絵描きで、長年油絵を描いていました。私と影男は、出会ってから2ヵ月後に、何度か仕事帰りの時間に待ち合わせをしては、深夜から早朝まで3時間ノンストップ、最大音で黙々とノイズギターを鳴らし続けました。

“水晶の舟”はロックです。

私はまさにこの時、音楽での表現活動がベストだと確信しました。私は、今まで感じたことのない強烈なノイズサウンドの嵐のなかに、未知なる芸術表現の可能性を強く感じました。そして”水晶の舟”は生まれました。

suishou-no-fune-image8私達は絵筆をギターに変え、”水晶の舟”を始めました。私と影男が作り出す音は、まるで絵の世界のようです。

私達は、音=絵の具を使って、色とイメージを混ざり合わせ、即興で”水晶の舟”の世界観を作り出していきます。バンドの音は、それに加えてよりいっそうグルーブ感を混ぜ合わせパワフルな表現にしていく作業です。私はそこに生の喜びを感じます。”水晶の舟”はロックです。

私達は、リングに上がる様に、自分達の音楽をステージで試しました。

BNU 自信を持ってライブ演奏を出来るようになるのに時間がかかりましたか?それとも始めてすぐにステージに居心地の良さを感じるようになったのでしょうか。

ライブ演奏に対して自信を持つ、持たない、という概念はもともと私にはありません。

“水晶の舟”結成 3ヶ月後に、私と影男は、運よくロックイベントに出演する機会がありました。私達は、リングに上がる様に、自分達の音楽をステージで試しました。私は、ライブ演奏は、常に自分自身との戦いだと思っています。

そしてその後、”水晶の舟”のライブ演奏は必然となっていきました。私達は、思い立った時にすぐに演奏したくて、深夜であったとしても、真冬であったとしても、すぐに街に出かけて、駅前で演奏しました。

路上での演奏はとても刺激的でした。しかし時に多くの困難(警察や妨害など)を伴い、中断せざるを得ない状況がありました。その点、ステージは集中して自分達の空間を表現しやすいので、私達は次第にステージだけの演奏に移っていきました。

私の体に何かが降りて来て、言葉がぽろぽろこぼれ出る感じです。

BNU あなたの音楽からはとても強く自然を想起されます。またあなた方の曲の多くは実際に海や花や空や雨などに関する名前が付けられています。水晶の舟の音楽に、自然というものは大きく影響していますか? そしてあなたは今後、人間は自然とうまく調和して行けるようになると思いますか?それとも、戦争によって全てを破壊し尽くしてしまう運命にあると考えますか?

はい。”水晶の舟”の音楽は、とても自然の影響を受けています。私と影男は自然を愛しています。自然との共生は切っても切り離せません。

suishou-no-fune-image5私と影男が即興において音を紡ぎだす時、自然の風景が広がリ出すことが多いです。私は歌う時、いつも夢のなかにいるようです。それは、シャーマニックな感覚で、私の体に何かが降りて来て、言葉がぽろぽろこぼれ出る感じです。

即興で且つ刹那的な言葉は、大地、空、風、雲、雨、海、山、太陽、月、星等を身近に感じながら生まれます。そしてその言葉は次第に歌に変化していきます。

“自然”は、偉大です。

人間が自然と調和して生きていけるような楽園は、私にとって理想郷です。しかし現世では、人間はいとも簡単に自然を切り売りしています。自然は黙って破壊されていくようにも見えます、、

しかし、自然の神は非常に強く、人間の目には見えない大きな力を持っていると思います。自然破壊は、将来違う形で必ず人間にダメージとして戻ってくるでしょう。

人間は、自然や仲間、自分をも傷つける、愚かな動物であると思います。人間の欲がなくならない限りは、戦争はなくならないでしょう。

“平和”とは、戦いと戦いの間にある、つかの間の安らぎに過ぎない、、
平和への祈りは、美しく神聖です。残念なことに、この世は、戦争、祈り、戦争、祈り、その繰り返しです。

私と影男の共通点は、幼少期から成人になるまで自分達の良き理解者が非常に少なかったことです。

BNU あなたの音楽は、心の苦しみや悲しみに満ち満ちていると感じます。灰野敬二やShizukaもそういった心の痛みや切望をとても美しく捉えて表現されてますが、加えて水晶の舟は世界中の多くのバンドに強く影響を与えています。まさにこれこそ日本の音楽、という感さえ漂うのですが、一体、何に導かれてこのようなスタイルや演奏や表現を生み出すに至ったのか、教えて頂けませんか?

もしくは、あなたや影男さんが自身の音楽を形作るために影響を受けたものが何かあったのでしょうか。

確かに”水晶の舟”は、心の苦しみや悲しみ等の切ない気持ちが基となって、音・言葉・歌が生まれることが多いです。私達にとって音楽とは人生そのもの、なのです。つまり、私達がどの様な環境で生まれ育ち、その中で何を感じ思って来たか、という事が”水晶の舟”のサウンドとして具現化されているのです。

私と影男の共通点は、幼少期から成人になるまで自分達の良き理解者が非常に少なかったことです。子供の頃の私達には、仲のよい友達がいませんでした。
影男は花々と戯れ、私は猫が唯一の友達でした。やがて、私と影男は知り合い、互いに良き理解者となりました。

そういう私達ですから、人間の作り出したものからの影響力よりも、自然や動物から強く影響されました。そして、彼らからたくさんの愛や慈しみを知りました。

もし、社会を変革したいと考えるのならば、芸術家では無く政治家になる方が効果的です。

BNU 多分、最高のアートというものは力強いメッセージを内包しているものだと思いますし、それは、何かしらの主張やアティチュードであると思います。

imageあなたは、水晶の舟の音楽はそういった主義主張、または政治的な視点を持っていると思いますか?それとも単に芸術的な自己表現であるのでしょうか。

音楽家は芸術家であると思います。政治家では無いと思います。もし、社会を変革したいと考えるのならば、芸術家では無く政治家になる方が効果的です。芸術家の仕事は民衆を扇動して変革を導く事ではありません。

社会の流れの中に生き、そして様々な事を感じ、その思いや心境を作品にする事であると思います。その結果、人々と通じ合い共感するのではないでしょうか。

 

私達は、意図的な表現や強い作為はあまり好きではありません。 それは、プロパガンダやエンターテイメントとなる危険性がありますから。

“水晶の舟”の音楽性は、非常に個人的です。

私達が表現をする時は、常に自然体でありたいと思っています。人は自然体である時が最も虚偽から遠く、魂の赤裸々な真実を曝け出すからです。人間の偽りの無い核(魂)は、時代や国境線に縛られません。それはとても大きな事だと思います。

音の波のうねりの中でお互い言葉を発しあい、それはまるで嵐の海の船上にいるようでした。

BNU あなたはデュオで演奏することも、フォーピースで演奏することも、またBardo Pondのような他のバンドとコラボレートすることもありますね。それらの中で最もエキサイティングなのはどの形態でしょうか?

どれもが特別で甲乙付け難いです。デュオの演奏は、時空間が自由なので、どのような音、詞が飛び出すかわからない楽しみがあり、とてもディープな精神的世界が顕著に現れます。フォーピースでの演奏は、皆で宇宙遊泳しているような楽しさがあります。

Bardo PondやNuminous Eyeとのジャムセッションは、国籍や文化を超え、彼らの音楽と交わる喜びと楽しさ、自由が演奏に表れています。そして、それらはアルバムとして発表しています。私達は彼らとの出会いに、心から感謝しています。

BNU 僕のように日本の音楽を詳しく知りたいと思っている海外の人間はみな、不失者や裸のラリーズ、灰野敬二、光束夜といった伝説的なP.S.Fレーベルに所属したバンド達に辿り着きます。あなたはそれら全ての偉大なアーティスト達と演奏して来られましたね。
その中でも、灰野敬二について特に伺いたいです。
あなた方は何度も共にジャムセッションを繰り返して来られたと思いますが、それはどんな経験だったのか、また、最初は緊張されたのか、さらにそのセッションが音源化されたりもしたのか、知りたく思います。

はい。”水晶の舟”は、今まで多くの偉大な奏者とセッションしてきました。音楽の世界観が近い音楽家やバンドと音を通じてコミュニケートすることに、私達は興奮を覚えました。

私達は、灰野敬二さんと何回か長い時間セッションしました。そのセッションはすべて、コンサート会場でのライブ演奏でした。どのライブも非常にストロングな演奏で、自由で対等なセッションでした。音の波のうねりの中でお互い言葉を発しあい、それはまるで嵐の海の船上にいるようでした。

灰野さんとセッションした時、悪い意味での緊張感は全く無かったです。それらのライブでのセッションは、大変刺激的な体験として記憶しています。灰野さんとのセッションの音源化についてですが、特に発表はしていません。私達にとって灰野さんとのセッションは、経験することに大きな意味がありました。ですので、音源化することは考えていませんでした。

灰野さんに限らず、偉大な先駆者達と直接音を交える事は、私達が音楽家として活動していく上でとても意義のある事でした。彼らの奏でる音は、彼らの音楽家としての生き様の全てです。私達はそれらを感じ、数多くの何かを得てきたのだと思います。

彼は「実は僕も一枚も持っていないんだ、、」と言いました。

BNU これは繊細な質問だと知りながら伺いたいのですが、水谷孝氏に出会った時の話を伺ってもいいですか?

裸のラリーズに以前所属していたベーシスト2人が、水晶の舟で違うタイミングで演奏していましたよね。”裸のラリーズ” はあなた個人の音楽制作のアプローチ方法にどのくらいの影響を与えたのでしょうか。
また、ラリーズに対して、また水谷氏個人に対して多くの人が魅了されている事を、あなたはどのように感じますか?

“水晶の舟”は1999年から活動を始めましたが、既に”裸のラリーズ”は活動していなかったと記憶しています。残念な事に、私と影男は”裸のラリーズ”のライブを観たことがなく、水谷氏にもお会いしたことがないです。そして当時は”裸のラリーズ”音源の入手が非常に困難でした。(初めて”裸のラリーズ”を聴いたのは確か2004年)

suishou-no-fune-image12002年初夏、私達は”裸のラリーズ”のベーシストdoronco氏に会う機会がありました。私は彼に”水晶の舟”の音源を聴いてもらいました。彼は私達の音楽を気に入ってくれて、すぐに交流が始まりました。そして私達”水晶の舟”は、doronco氏のバンド(DAS)と時々コンサートを行いました。

ある時、私は彼の家に遊びに行きました。
私は「”裸のラリーズ”の音源が聴きたい」と言うと、彼は「実は僕も一枚も持っていないんだ、、」と言いました。私はびっくりしましたが、面白いなあ、とも思いました。その事実は、”裸のラリーズ”の伝説を表しているようにも感じたからです。

“水晶の舟”は、ベーシストが不在だった時期があり、doronco氏は”水晶の舟”のベースを手伝ってくれました。そして”水晶の舟 with dronco”は、しばしばライブ演奏をするようになりました。彼の弾くベースは、伸びやかで自然体で、しっかりとバンド全体の音を支える力強さがありました。

“水晶の舟”は即興演奏で詩が生まれることが多いので、ワンコード、ワンリフで延々と演奏する時の、彼の生き生きしたベースは私の想像力を掻き立てくれました。それはまるで音の世界でピクニックしているように楽しかったです。

私は”裸のラリーズ”を愛おしいと思いました。

2003年冬、私達はライブ会場の対バンで、高橋ヨーカイ氏と偶然出会いました。彼は私達の演奏を聴いた後に「水晶の舟の音は僕の音と近い」と云いました。

しばらくして私達は、彼のソロライブを聴きに行きました。彼のベースと歌の感性は独特で、私は”水晶の舟”と重なる部分がある、と感じました。そして私達は水晶の舟のメンバーの一員として彼を迎えました。

個性的でウェットな彼のベースの感性は”水晶の舟”と共振し、私達はライブ活動を重ねていきました。そして彼もまた”裸のラリーズ”の音源を全く持っていませんでした、、

2004年頃、私達は初めて”裸のラリーズ”の音源を聴くことが出来ました。知人が”裸のラリーズ”の未発表音源を持ってきてくれたのです。

衝撃的でした。

私達はその音の群像に強く興味を覚えました。それはまるで活火山。強烈なエネルギーの噴出、自由奔放で、様々な色の溶岩が流れ出すような、混沌と混乱の音。そして、浮かびあがる水谷氏の詩。

私は”裸のラリーズ”を愛おしいと思いました。そしてその音源を聴いた時、dronco氏とヨーカイ氏が”裸のラリーズ”のメンバーだったことを改めて実感したのです。

その土地の精霊たちに受け入れられるならば、それはとても良い影響の下で演奏出来ると思っています。

BNU あなたは世界中を演奏して回られましたね。その中で、最高だった国はありますか?また、その旅はあなたの日本に対する感じ方を変えましたか?

私達は世界中の国や町で刺激を感じます。それが何処であったとしても興味深いし、楽しみをたくさん見つけます。土地それぞれの個性が好きで、その土地や人々からの影響を受けることに大きな意味を見出します。

私達は町に到着して、まず、”何か”に挨拶します。その”何か”とは、空、海、山、川であったり、植物や動物、古い墓地、寺院であったり、、その土地の精霊たちに受け入れられるならば、それはとても良い影響の下で演奏出来ると思っています。

538675_336886976379642_562205749_n例えば、San Francisco、Jacumba、Albuquerque(米国)では、強烈な太陽と乾いた風や大地の力強いエネルギーを受けて、パワフルでワイルドな要素が強く演奏に反映されます。

日本のように海と川の多い香港や、湖の多いMinneapolis(米国)、雨が良く降る英国等、水と関係の深い土地は心身が馴染みやすく、リラックスして演奏に臨めます。

音楽旅行の面白さは、それぞれの土地と人間のエネルギーに気を感じ、影響を受け、音になって立ち現れることです。それは即興的なアプローチをする音楽家にとって、非常に刺激的で意味のある事だと思います。

日本国外に行くと感じる事のひとつは、自分たちが日本人であるという実感です。良くも悪くもいろいろと差異がある事に気付きます。私の心も肉体もこの日本の土と水、空気から生まれました。先祖代々この地で生きては死んで、また生きて来ました。私はこの国を愛おしく思います。

外国から東京に戻った時、空港に降り立つと、化粧水のように柔らかな湿度のある優しい風が私を迎えてくれます。私は水を得た魚のようにゆらゆらと泳いでいるみたいで、、そして周りの歩く人々もやはり、ゆらゆらと魚のように泳いでいるように見えます。「ああ日本、東京だなあ」って。こういう些細なことが嬉しいのです。

東京で生活している時も、身近にある何気ない日本的なものに、はっとする自分を発見するのはとても楽しい事です。自分の国を新鮮な気持ちで見たり感じたりすることは、”水晶の舟”の音楽を作る上で非常に良い影響を及ぼしています。”水晶の舟”の音楽のベースはここに根ざしていると言えるでしょう。

BNU 何か人生における小さなことがあなたに大きな喜びを感じさせることはありますか?
またあなたが最も好きなサウンドは何の音ですか?

出会い、シンクロニシティ。花や草木の色や香り。雨垂れ、春雷、蝉時雨、秋の虫、降り積もる雪、除夜の鐘の音。

BNU 最も好きな本を教えて頂けますか?
また、どんなタイプの映画を好まれますか?

グリム童話、宮沢賢治「ポラーノの広場」等、村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」等アレハンドロ ホドロフスキー「エルトポ」、アンドレイ タルコフスキー「ストーカー」、スーザン ピット「アスパラガス」、デイヴィッド リンチ&マーク フロスト「TV/ツインピークス」等。

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BNU 誰か、あなたと影男さんがそのうち共演したいと考える演奏家はいますか?

特に今は思いあたりません。私達は、今まで運命的な出会いや、友達やオーガナイザーが結びつける出会いに驚きと喜びを見つけ歩んで来ました。

それで充分です。

BNU あなたは新しい音楽を常に探し続けていますか?それとも気に入った音楽を聴き続ける方でしょうか。また、ライブを観に行くことはよくありますか?

suishou-no-fune-image3気に入った音楽を聴き続ける方です。しかし自分達の音作りのために、いろいろな楽器を試したり、新しい音を探しに旅に出たりはします。ライブにはほとんど行きません。

BNU あなたが最初に水晶の舟で演奏を始められた時から今まで、日本の音楽シーンは大きく変わったと思いますか?

日本の音楽シーンは、基本的に変っていないでしょう。東京のアンダーグラウンドミュージックシーンは、インターネットの普及によって海外との繋がりが広がったように思います。

しかし、残念なことにスピリットを感じる音楽家は年々少なくなっているように感じます、、

BNU 現在、あなたはどんな活動をされていて、また何か新作が出る予定があったりしますか?また、あなたは最近も演奏や作曲を頻繁にされていますか?

今年の春 、P.S.F. RECORDS から「星に願いを 」”When You Wish Upon a Star”がリリースされました。 また、リリースする予定の作品がいくつかあります。

楽しみにしていてください。

“水晶の舟”新譜情報はこちら。

日本語の新譜情報

Release Info in English  

“水晶の舟”は、東京のライブハウスSHOW BOATで、定期的にワンマン公演を行っています。最新情報は、以下のページでチェックしてください。

日本語のライブ情報

Live Info in English

水晶の舟 / Shining Star Live 【CD】

価格:2,420円
(2015/11/6 00:19時点)
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