インタビュー : オザキシュウヘイ (sitar)

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– どもども、まず最初に、なんでシタールはじめはったんですか?

オザキ そうですねー、15歳の時なんですけど、あの頃はカーカスとかカテドラルみたいなメタルばっか聴いてて。でもある日横尾忠則の「インドへ」を読んでめっちゃおもろかったんですよねー、数学の授業中だったんすけど。

あれってヒッピーとかUFOとかスピリチュアル系の事が書いてあったんですけど、それまではそんなん読んだことなかったからハマっちゃって。それでインド行きたいなー、て思ったんですけど、高校生でお金ないからとりあえずシタール買おかな、て思って神戸の民族楽器屋に行ったんです。元町の。今はもうないんですけど。

やっぱりシタールって有名やし弦いっぱいあるし、やってる人あんまおらんからおもろいかなー、て。

それまで一回も聴いたことなかったんですけどね。

– マジすか笑  それまで確かギターやってはったんですよね?

オザキ そうですね、だから最初は「シタールも出来るギタリスト」目指してたんですけど。それでネットでシタール習えるところ探したら峰ジー(田中峰彦さん)のクラス見つけて。

– あぁ。

オザキ その頃もうメタルに疲れてて、サイケとかプログレばっか聴いてたんで、サイケデリックシタールプレイヤーとかええな、て思ってたんですけど。でもなんか1人でシタールだけやる方がええな、て思うようになって。まぁバンドメンバーがみんなめっちゃ下手くそやったからなんですけど。

– 笑
でもシタールってあれ、めっちゃ難しいですよね。その頃はどれくらい練習してたんですか?まぁこれ、Philに聞けって言われたんですけど。

オザキ そうですね、難しいけど、まぁ他の楽器も難しいですしね。まぁシタール難しいけど。

17の時ですねー、先生の持ってた二キール聴いた時にこれやな、て。

その頃は4〜5時間くらいやってましたね。毎日。あとそれと同じだけ毎日インド古典ばっかり聴いてましたね。4〜5時間毎日。

– それ、凄いですね。

オザキ インド古典のテープ200本くらい集めたんですよ。

– その頃ってまだインターネットそんなに発達してなかったですよね?

オザキ そうなんですよ、結構大変やったんですよ。高校生やったから金ないし、情報片っ端から集めて取り寄せてましたね。

んで、その頃は灰野敬二みたいな孤高の天才目指してたんでフリージャスとかも聴き漁ってたんですけど、なんかちゃうなー、て思って。自由すぎたんですよね、フリージャス。もうちょいなんかフワッとしたものを表現したくて。

– へぇー。なんか表現したいテーマってあるんですか?確か、前にライブやった時に「夕日を表現したい」て言ってましたよね?

オザキ  そう、それです。夕日のね、あの感じを出したいなー、て。その時から変わってないですね。

17の時に「日没クラブ」っていうのを結成して。まぁ友達2人だけやったんですけど。毎日学校帰りに夕日を見てたんですよ。

– これえぇ話やなー笑  なんすかその日没クラブって笑

オザキ でしょ笑  毎日近所の沈丁花公園でタバコ吸ってただけなんですけど。ていうか夕日も見てなくてずっと携帯弄ってたんですけど。

だからホンマは夕日が見たかったわけじゃなくて、でもなんか昼間は見たいなー、て思てました。

– てことは、ホンマの夕日を表現したい、ていうよりも、心の中にある夕日を見た時の潜在意識下のイメージみたいなものを表現したい、て感じなんですかね。

オザキ そんな感じです。

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– おもろいですね。あれ、最初にインド行ったのっていつでしたっけ?

オザキ 19の時ですね。パルタ・ダスに会いに行って。会えたんですけど、あれ、なんか違うな、て思ってその時は観光だけして帰りました。

– あれ?そうなんですか?じゃあプルバヤンに会ったのっていつなんでしたっけ。

オザキ 22の時ですね。その頃は酒飲んで女の子好きになって、て普通やったんですけど。もちろんシタールは続けてて色々ネットで探してる時に見つけたんです。その頃って今みたいに演奏全部とかじゃなくて1分くらいだけ(ネットに)上がってたじゃないですか。

– あぁ。

オザキ それ聴いて、あ、二キールに近いな、て思って。それでCD買ったら、これや、て。それでこの人に習うことに決めたんですよ。

– なるほど。確か、最初の弟子なんですよね。

オザキ その頃先生もまだ30手前で、27〜8くらいかな。全然弟子とるなんて考えてなくて、それより自分の練習したい、て感じやったんですけど。まぁ今でもそうですけど。

んで、メール送って。めっちゃ文章考えて、結構凄い書き方しましたね。青春を捧げる、みたいな。

– ラブレターみたいな。

オザキ そうです。それで「来てもいいよー」て言われたからまた金貯めて行って。カルカッタの自宅ですね。

それで近くのゲストハウス探してくれたんで、そこに3ヶ月いましたね。

– そこから毎年。

オザキ 毎年3ヶ月ですね。5年間くらいかな。その後はプルバヤンが日本に来たりしたんでその時に。

– 実際、インドでの生活ってどうでした?よくインド音楽は好きやけどインドはあんまり、みたいな人もいるじゃないですか。

オザキ 頑張ってるんですけどね。生活大変ですよ、インド。でもやっぱりあの環境がインド音楽を作ってきたんやなー、と思うんで好きになろうとはしてます。でも、、、スパイスは好きじゃないです。

– 笑  それやったら大変でしょ!笑

オザキ ええ、そうなんです笑

– ちなみに、一番影響受けたシタール奏者って誰ですか?
オザキ やっぱ二キールと、プルバヤンとパルト・チャッタルジーですね。プルバヤンのお父さんで。

あと、ミュージシャンじゃないんですけど立原道造の詩が好きです。

あの感じを表現したいですね。

– 日本のシタール奏者やったらどうです、誰が一番好きですか?

オザキ 日本人ですか?うーん、洋平君(岩下洋平さん)のシタール好きですね。

– あぁ、なんかわかりますね。スタイルは全然違うけど、なんか近いものを感じることありますよ。

オザキ まぁ洋平君の方がもっとドSですけど。

– 知ってます笑   あと、シタールでバトルするとしたら、誰と戦いたいですか?
まぁこれもPhilに聞けって言われたんですけど笑

オザキ バトルですか?笑  まぁやっぱりプルバヤンですね。プルバヤンには正面から勝ちたいです。

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– いいすね。あと、えーと、これもPhilなんですけど、神はいると思いますか?

オザキ 神ですか?笑   うーん、ホント言うと、どっちでもいいですね。いてもいなくてもあんまり関係ない、ていうか。でも神様が見えた、とかいう人が、もしホンマやとしたら僕とは違うレベルにいると思います。

やっぱり僕に見えてないものが見えてるってことですから。たいがいは胡散臭いんですけど。インドではたまーに何かおりてきてるなー、て演奏見ることありますけど、でも僕の方向とはやっぱり違いますね。

もっとフワッとしたものをやりたいんで。

– 夕日みたいな。

オザキ  夕日みたいな。

– わかりました。あと、最後なんですけど最近レコーディングしてましたよね?これって売ってるんですか?

オザキ はい、僕のサイトあるんですけど、ここでドゥルット (テンポの早いパート) のとこが聴けます。

もし気に入ってくれたら、メールで買えますんで、サイトから直接メールくれたら送りますよ。

– ありがとうございます!ほな聴くの楽しみにしてますね。あと、また3月のライブもよろしくお願いしますー!

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